さかとの成長あるのみ!

地方在住アラサー男2代目社長兼 筋トレ健康オタクSakatoによる雑記雑食ブログ

仕事のできる人ほど稼げない。 【書評】『読書をお金に換える技術』 千田琢哉【感想】

 

貧乏人に限って、小難しい本を好む

 

読書をお金に換える技術

   

※2018/11/18加筆修正

 

 

読書が何もしなくてもお金に換わるわけではない

「読書」というフィールドを利用して、「稼ぐ」ことについて教える本。

著者は「読書家は稼げる」という主張をしているわけではないと思う。
そうではなくて、稼げる人間はこのように読むのだ、と教えてくれている。

単純に読書家を褒め称える内容ではないが、しかし読書家であるほうがこの本を楽しめる。
慣れ親しんだフィールドであるからこそ、稼ぐ人間の視点・発想と己の思考の違いが際立つからである。

 

読書家であることがプラスに働く環境

学生 時代 に 貪り 読ん だ「 中村 天風」「 安 岡 正 篤」「 松下幸之助」 の 本 の 話 を 経営者 たち に する だけで、 新入 社員 の 頃 から 打ち解ける こと が でき て、 その 結果 仕事 を もらえ た。

 いきなりこれである。
使わない読書は、稼ぐ読書ではない。

私は、この部分を読んで「羨ましいな」と思った。

「◯◯の本を読んでいる」ということから話題が広がった経験など一切ないからだ。

そもそも、本を読んでいることがプラスに働くような環境に身をおいているということがすでに、著者が戦略的に優れている所なのだ。

羨ましい。

私も本を読んでいることがプラスに作用するような環境に、必ず行く。

勝てる環境で生きなければならない。

 

 誰もに尊敬されている「仕事のできる人」ほど、稼げない

「ビジネス 書 とか 自己啓発 書 ばかり 読ん で いる と バカ に なる よ」 その 人 が 知的 かと 言え ば、 決して そんな こと は なかっ た はず だ。 ここ だけの 話、 むしろ バカ だっ た のでは ない だろ う か。

 

 

 

本の世界で言うビジネス書のようなもの、つまり

どこかバカにされやすく、嫌味を言われやすいようなこと。

そういうことにこそ、宝が眠っている。

誰も批判しようがないようなことには、大きなリターンはない。

 

例えば「誰から見ても仕事のできる人」というのは、実はあまり大きなリターンがないと私は考えている。

実際に私の仕事関係でも、「こんなに仕事のできる人が、この程度の給料で働いているのか・・・」と不思議に思うことは多い。

誰もに尊敬されているし、その人のことを悪く言う人はまったくいないのに。

それでも、その人が一番稼いでいるということは絶対にないのだ

これが社会人を5年ほど経験してみて、私が観察を通して得た気づきだ。

本当に稼いでいる人が誰にも悪口を言われないのを、まぁ見たことがない(笑)

息を潜めていて気づいていないパターンもあるのだろうが、明らかにみんなに尊敬されている「仕事のできる人」は、なぜか軒並み大した給料をもらっていないのだ。

これはもう「そういうもの」なのだと理解して、自分の人生を考えていくしかないだろう。

ちなみに私は上記の気づきからも、尊敬されることにはもはや興味がなく、ひたすらに稼ぎたいと思うに至っている。

 

最近の僕の実体験から言えば、筋トレなんかもそうだ。

なぜかストレートに「いいね!素晴らしい!」というリアクションを取る人はとても少ない。

何かしら遠回しにブツブツ小馬鹿にしてくる感じもあったりする。

しかし世の中はそういうものであるから、これは明らかにいい傾向なのだ。

万人に尊敬されなくとも、稼ぐコースに属している行為なのだと理解できる。

万人に尊敬されたければ、質素倹約して、病気がちで痩せた身体でもしていればいいのでは無いだろうか?一般的には不摂生や病気がなぜか自慢になるようであるし。

尊敬されているというよりは「ちょっと悪くは言えない」というだけな気もするが。

 

「すごい」人には直接会いに行く

直接 人 から 学ぶ のも 大切 だ が、 それ は 現実的 では ない。 なぜなら 人 は 自分 と 同 レベル の 人 としか 出 逢え ない から だ。

人から学ぶのは難しい。

基本的に自分と同レベルの人としか出逢えないから。

例外は、自ら尊敬する人、教えを請いたい人に会いに出向くことだろうと思う。 

これは実際に私の尊敬する著者達が共通して実行していることである。

「すごい」と思った人には、直接会いに行く。

これがとてつもないパワーをもたらすのだろう。

私も筋トレを始めたころ、たまたま「この人だ」と決めた人物に実際に会いにいくチャンスがあったので、仕事を休んで四国から東京まで会いに行った。

「自分よりレベルの高い人に会う」というのは普通に生活していても不可能な行為なのだ。

それを実行するということは、お金も時間も投資して、また不安な気持ちも抱えながら、リターンがあるかどうかもわからないようなことに身を投じるということだ。

だが、そこまですることで得られるものは果てしなく大きい。

これをもっとローリスクで擬似的に実行できる手段の最たるものが読書なのだ。

読書であれば、必要なお金も時間も簡単に予想できるし、額もたいしたものではない。

実行しなければ損というものである。

その時間やお金すら惜しいというのなら、ずっと同じレベルの人に囲まれて過ごせばいいということだ。

 

 

 ダメ人間ほど、セールスの達人になれる

自分 が なぜ これ ほどまでに 躊躇 する こと なく 漫画 を 買っ て しまう のかを 振り返る だけで、 人 は 何 に対して お金 を 払い た がる のかを 机上 の 空論 では なく、 自分 の 全身 で 学べる の だ。

未だに漫画を侮るような人は典型的な稼げない人だろう。

僕も昔はもっと難しい本を読むべきだと考えていたことがあるし、なのに結局全然読まないで漫画ばかり読んでいる自分に嫌気がさしたこともある。

だがまさにそういう実体験こそが大事であって、その生(なま)のトライアンドエラーこそ、「稼ぐ読書」なのだ。

自分が漫画ばかり読んでしまうことにも、何か大きな意味がある。

「おれはダメだ~」なんて思う暇があったら、その意味に思いを巡らそう。

それが本気を出した実体験なのであれば、英語の勉強が3日坊主で終わってしまうことにも意味があるし、

作家になりたいのにいつまでたっても1本の作品も書ききれないことにも何か意味がある。 

英語が実は自分に必要ないものだとわかるのかもしれないし、実は作家になりたいわけではないことに気づくかもしれない。

初心者やダメな奴の思考パターンが理解できれば、セールスに役立つかもしれない。

とにかく実体験からは、何かを得ることができる。

問題は解釈なのだ。

 

小奇麗な抽象論では稼げない

抽象論 ばかりの 理論 本 は 稼ぎ には 直結 し ない こと が 多い。

 抽象論は、ときに心地いい。

なぜ心地いいかと言えば、私が思うに、基本的に抽象論にはあまり「知らないこと」が出てこないからだ。あまりにも抽象的な哲学書や数学のようなものは例外だが。

内容が具体的な本は「知らないこと」が多く出てくるため、サラッと読むことができない。

しかし、それはすなわち「実践的」ということだ。

具体例の豊富な本をよむことが、稼ぐ読書だ。

自分とは立場・業種・性別・国籍が異なる著者の本を読めば、知らないことのオンパレードだ。 

知らないことを見つけたら積極的に学びに挑戦していこう。

抽象論には大枠をつかめるという重要な働きがあるが、読者に実行レベルまで落とし込む力がないとただ読んだだけで流れていってしまう。

新しいことを始める場合は、抽象論で気持ちを満足させてしまわないように気をつけよう。

抽象論は小奇麗にまとまっているが、実際の仕事はそうではない。

泥臭く、綺麗事ではすまない部分があるのだ。

美しい抽象論にいくらうっとりした所で稼げるわけではない。

一種のエンタテイメントだと思うくらいでいいかもしれない。

  

貧乏人に限って、小難しい本を好む

お 金持ち たち の 本棚 には どれ も 読み やすい 本 が 並ん で い た という こと だ。 これ に対して お 金持ち では ない 人 の 本棚 には「 難しい 本」「 賢 そう な 本」「 カッコ いい 本」 が 並ん で い た。

稼げない人のメンタリティを学ぼう。

「稼げないとはこういうことだ」という良い一例だと思う。

小さな尊敬を取りに行ってはいけない。

ポイント稼ぎをする人は稼げない。

誰かの本棚に「カッコいい本」が並んでいても、本人以外の誰の価値にもならない。

大学教授の本棚に「賢そうな本」が並んでいることには意味があるだろうが(ゼミの人間がウチの教授はすごいんだぜというマウントくらいには使えるかも)、一般人がそんなくだらない見栄張ってもねぇ。

間違いなく言えるのは、本棚には小難しい本を並べているより自分の書いた本を並べている方が100倍かっこいいということだ。千田琢哉氏のように。

 

相性の良い作家に出逢えば勝ち

人生 では 自分 と 相性 の いい 作家 と 出逢っ たら 勝ち だ。

 


千田氏に感謝。