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【書評】『お金を稼ぐ人は、なぜ、筋トレをしているのか?』 千田琢哉

 

 

ガリガリより、デブのほうがまだマシ

 

 

 

お金を稼ぐ人は、なぜ、筋トレをしているのか?

 
 
 
 
 
そこまではっきり書かれているわけではないが要するに
 
ガリガリよりデブのほうがまだマシだ
 
という一言で、私の中に大きな価値観の変化が起こった。
 
私が筋トレを始めるきっかけの大きな一つがこれだった。
 
以下、引用と解説
 
 
 
筋肉もお金も、工夫と継続力で決まる
 
筋肉がつけばお金を稼ぐ能力がつく
 
と言っている部分も確かにある。
 
が、それは枝葉末節であって、著者が言いたいのはこういうことだ。
 
筋トレで成果を出すために求められる能力と、稼ぐために必要な能力は同じ。
 
「同じであるならばボディービルダーは皆稼いでいるのか?」
 
 
そんな厳密な論理は現実では役に立たない。
 
その「稼ぐための能力」が自明ではないからだ。
 
その「能力」が何なのかを追い求めることが、稼ぐ人間の行動なのだ。
 
それは簡単にわかるものではないし、永遠のテーマでもある。
 
筋トレで成果を出すという経験から、稼ぐためのヒントを得ることができる。
 
 
 
 
男性は腕力がないと女性化してしまう
 
表面上はどうであれ根っこの部分で人からなめられていることを、感じ取れない人間はいない。
 
その無意識下の苛立ちが、人を口うるさい「正論厨」に変えるのだ。
 
想像してみるといい。
 
根っこの部分で周囲に敬意を向けられているような環境で、必死に正論をまくし立てるなんてことがあるだろうか?
 
日本は法治国家であり、それ自体はまったく正しく、また素晴らしいことである。
 
弱者も生きられるように、人間社会は制度を整えてきた。
 
しかし、強いものが勝つのが、そもそもこの世界というものなのだ。
 
スケールの大きな出来事なら、しっかりと突き詰めれば最後には法が守ってくれる。
 
しかし突発的な短い時間で起こる出来事や、
 
裁判を起こすほどでもないような規模の小さいものごとでは、
 
未だに強いか弱いかなのであり
 
それはひたすらに当たり前のことで、
 
ここに苛立ちを覚える方は、法に対する感謝と敬意が欠けていると言わざるをえない。
 
正論を言うのは弱者の証だ。
 
 
 
時間を生み出す工夫は、そのままビジネス能力に直結するのだ
「筋トレをする時間がない」という方が結構いるらしい。
 
よく考えると、おそらくそう言っている方はジムで体を動かす時間のことだけを指して言っている。
 
そう思うのは結構だが、実のところ筋トレに必要な時間はそれどころではない。
 
トレーニングの時間と、通常の人より数の多い食事、そして十分な睡眠。
 
これらすべてが揃わなければ十分な結果はでないわけであるから、半端なタイムマネジメント能力では結果は出せない。
 
ジムの時間さえ作れないとおっしゃる方はなるほど、やめておいたほうがいいのかもしれない。
 
 
最初に汗をかかなければいけないのは、将来汗をかかなくてもいいようにするためだ
 
本気で新しい物事に取り組むのならば、最初からできるだけ大きくお金と時間を使うべきだと考えている。
 
なぜならそれが最短コースだからだ。
 
もっと言えば「最短でお金も時間もかけずに成果を出す方法をつかむ最短コース」だからだ。
 
最初から「良い情報を取捨選択してコスパ高めのスマートなやり方」なんて目指している方は絶対に成長できない。
 
そもそも経験なしに良質なインプットはできないからだ。
 
一気に経験値を増やすからこそ、早い段階での質のいいインプットにつながる。
 
ワークライフバランスを唱える著者も、若い時は確実に猛烈な仕事人間だ。私調べでは例外がない。
 
例えばちきりんさん
 
 勝間さん
 
お二方共、ワークライフバランスについて語られていた記憶があるが
どちらも外資系のイケイケバリバリである。
しかも数十年前の日本で女性が、である。推して知るべし。。。
 
 
「彼女達がでもそうなのだから、君たちは若いんだから身を削ってでも仕事すべき」という意味ではもちろんない。
 
そうあるべきと考えて無茶な仕事をしているのか、
 
後に楽をするために一見無茶な仕事をしているのか。
 
この差は果てしなく大きいということだ。
 
 
 
 
弱者には2通りある。
 
正論が大好きな、ある意味したたかで醜い、器の小さな弱者
 
育った環境がヌルすぎて、残酷な世界をまだ知らない今どきの弱者
 
ちなみにかつての私は間違いなく後者のタイプの弱者だ。
 
 
女性は「こういう男性の隣でいるのを見られたくない」というようなことをよく言う。
 
昔の私は「それは差別では?」とただただ素直にそう思った
 
弱者は、そう考えるものだと思う。
 
しかし今はただ「それは自然なこと」だと感じる。
 
正しいかどうかはそれが何かの拍子に大きな問題になったときに社会が決めることで、
 
強者からするとどうでもいいことなのだろう。
 
 
強者が美しいかどうか、まだ私にはわからないが
 
確かなことは
 
強者であろうとする努力を否定する弱者は醜い、ということだ。
 
共に強者を目指したい。
 
 
 
千田琢哉氏にまた感謝
 

 

お金を稼ぐ人は、なぜ、筋トレをしているのか?

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