時短読書ハック Sakatoの書評ブログ

地方在住アラサー男2代目社長兼 筋トレ健康オタクSakatoによる雑記雑食書評ブログ  ※ブログ工事中!

人から簡単になめられるのだがどうすればいいのか

友人のリクエストで記事をひとつ。

 

「人から簡単になめられるのだがどうすればいいか」とのこと。

 

 

 

人間には2種類ある。

 

「社会」的人間と「世界」的人間だ。

 

「社会」は「なめられるかなめられないか」の国であり

 

「世界」は、ズバリ「たのしいかつまらないか」の国といっていいだろう。

 

 

 

いきなり結論だが

 

なめられたくないのなら、社会的強者になるしかない。

 

 

 

その友人は完全なる「世界」的人間だ。

 

 

彼には市井の人々がどれだけ「なめられないため」に心血注いで生きているのかが理解できない。

 

ほとんど「それだけ」で生きている人のほうが多いというのに。

 

なめられるのは単なる必然である。

 

 

 

別に社会的強者にならなければいけないというわけではもちろんない。

 

弱者でも生きていけるように設計されていることが社会の大きな存在意義である。

 

しかし「なめられたくないのなら社会的強者にならなくてはならない」のは確かだ。

 

 

 

 

念の為補足するが

 

私も重度の「世界」人間である。

 

なぜかと言えば

 

「社会」だけの小さな世界観で閉じられた生など、考えただけで退屈で死にたくなるからだ。

 

昔から「社会」人間に全振りの人をみると「よく自殺しないものだな」としか思わなかった。

 

 

それがガキだというのなら、まったくそのとおりガキなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界」人間は純粋におもしろいから笑うが

 

「社会」人間は何らかの意図をもって笑う。

 

 

シャカイ的人間は、ことばどおり、社会性が高い。

 

しかし私に言わせれば世界性が低く、関わってもつまらないのが特徴だ。

 

 

 

さっさと言ってしまえば、

 

それは社会的な「実力」が乏しいからだ。

 

社会的な実力というのは簡単な話で

 

 

学歴のあるほうが上。

 

年収があるほうが上。

 

容姿が美しいほうが上。

 

友達・知り合いが多いほうが上。

 

彼氏・彼女がいるほうが上。

 

結婚しているほうが上。

 

こどもがいるほうが上。

 

さらに微妙なラインにも踏み込んで言えば

 

より苦労しているほうが上。

 

礼儀正しく思いやりがあるほうが上。

 

常識があるほうが上。

 

 

というようなごくごく単純な社会通念だ。

 

「何が上であるべきか」という話ではない。

 

 

 

そんな質問が出てきてしまうということは、根本的に彼が気づいていないことがひとつある。

 

それは、人々がいかに他者になめられないために努力しているのか、ということだ。