時短読書ハック Sakatoの書評ブログ

地方在住アラサー男2代目社長兼 筋トレ健康オタクSakatoによる雑記雑食書評ブログ  ※ブログ工事中!

「感謝」の戦略思考

 
 
「人は、感謝を忘れてはダメだ」とよく言われる。
 
まったくそのとおりだと思う。
 
人がよりよく生きるため、感謝の気持ちを持つことは究極のメソッドであると確信している。
 
 
 
しかし、ではこの言葉はどう思うだろうか。
 
「人は、感謝をどうしても忘れてしまう生き物だ」
 
これも、まったく、そのとおりだと思う。
 
 
 
では私はなぜここで 立ち止まっているのだろうか とふと疑問に感じた。
 
 
 
感謝を忘れてしまう→いやいや忘れてはダメだ
 
で、終わり。
 
これではまったく何も考えていないのと同じではないか。
 
 
「どうしようか」
「このままじゃダメだ」
「なんとかしないと」
「でもどうやって?」
「私には才能がないのかも・・・」
「相談するしか・・・でも誰に相談するっていうんだ」
「はぁ・・・もう考えることに疲れた」
 
というのと同じレベルである。
 
それは考えているとは言わない。
 
 
 
考えよう。
 
それはつまり
 
感謝にも戦略が必要なのだ と認めようということ。
 
 
 
いかに感謝を感じやすい環境や行動習慣を構築するか
 
ここに全てがかかっているのである。
 
 
 
感謝は、理屈じゃない。
 
それはリアリティであり、実感だ。
 
 
牛を自らの手で屠殺し、解体し、調理して食べれば、嫌でも感謝の念がわく。
 
 
 
 
私の仕事で言うなら、
 
職人に感謝したければ、たまには一緒に現場作業することだ。
 
どれだけ普段は不愉快でしかなかったとしても、共に作業していれば、ふとした拍子に感謝を感じてしまうものだ。
 
 
 
学生は一人暮らしを始めた時に、家があることと母親の存在に感謝の念を抱くだろう。
 
「距離を置いてみる」
 
「失くしてみる・捨ててみる」という感謝のテクニックだ。
 
 
 
 
現在歯列矯正中の私は、健全な歯を持っていることがいかに幸せだったか、味わわせてもらっている。
 
 
 
 
・・・どうも、ポイントは「リアリティ」と「変化」にありそうだ。
 
 
 
「リアリティ」と「変化」を噛み砕いて言えば
 
実際にやってみること である。
 
逆に言えば、傍観者は物事に感謝できない
 
私の経験上、傍観者の心の内に渦巻くのは、
 
自己正当化と嫉妬ばかりだ。感謝どころではない。
 
 
 
当事者たれ。
 
それが、感謝の戦略思考なのである。
 
 
 
 
 
 
どこかでこの話したなと思ったらコレだ。