時短読書ハック Sakatoの書評ブログ

地方在住アラサー男2代目社長兼 筋トレ健康オタクSakatoによる雑記雑食書評ブログ  ※ブログ工事中!

コツコツ「積み上げる」発想が、成長の邪魔をしている

 
「頭のてっぺんを糸で釣り上げられているように動け」 といいます。
 
これは運動の究極のコツなのです。
 
ポイントは下から積み上げていくのではないということです。
 
「脚がここで骨盤がこうだからそこに背骨がこうなって頭が乗っかる」
 
という風に考えても絶対に運動はうまくなりません。
 
逆だからです。
 
頭をつられているようなイメージで動けば自然と適切に積み上げられるのです。
 
積み上がるのは結果的にそうなるだけで、
 
そうしようと思ってするわけではありません。
 
 
 
物事を説明するときは「積み上げ」て説明します。
 
論理はまさに積み上げです。
 
完璧に説明されたところで実際はできるようにはなりません。
 
それはまた別の話なのです。
 
 
 
何でもそうです。
 
 
 
手段を積み上げると目的にたどり着くのではありません。
 
目的が手段を要請するのです。
 
いくら資格をとっても、そこから本当にあなたのやりたいことは生まれてきません。
 
先に目的があって、その後手段があるのです。
 
目的なき手段は「所有」的発想です。
 
「とりあえずもっといて損はない」
 
「必要になったときのために」という発想です。
 
しかしもう現代は「所有」の時代ではありません。
 
 
 
過去が未来を構築するのではありません。
 
未来の出来事が過去に意味づけをするのです。
 
どれだけ報われなくても、報われた途端にそれらの過去すべてに意味があったことになりますよね。
 
ということは過去が原因で報われない、とも報われる、とも言い切れないのです。
 
つまり過去は原因ではないということです。
 
物事の原因は実は未来にあります。
 
それは未来が過去に後から意味を与えるからなのです。
 
 
 
部分の定義を積み上げても全体が導かれないことがあります。
 
間違いなくと言えるくらい小さな「確かなこと」をたくさん積み上げれば、大きく確かな真理にたどり着けるという考えを要素還元主義といいます。
 
しかし要素還元主義は誤りだったのです。
 
物質の振る舞いをいくら法則化しても、原子の組み合わせからは細胞一つ作り上げることができません。
 
さらに、細胞の振る舞いをいくら観察して記述しても、生命の解明に至ることはできませんでした。
 
脳の働きを記憶や計算に分類して考え、それを計算機でトレースしても知性は生まれませんでした。
 
部分の意味(定義)は全体ありきなのです。
 
全体に意味を与えることなしに部分を定義しても無意味なのです。
 
 
 
すべてがとても似た現象です。
 
あらゆるレイヤーで、上からアプローチすべきなのです。
 
全体から定義を始めるべきなのです。
 
「積み上げ」の思考は間違いです。
 
「積み上げ」や「論理」というものは説明に必要なもの。
 
それ以上でも以下でもありません。