時短読書ハック Sakatoの書評ブログ

地方在住アラサー男2代目社長兼 筋トレ健康オタクSakatoによる雑記雑食書評ブログ  ※ブログ工事中!

書評『苫米地博士の「知の教室」』 苫米地英人 前編

 

苫米地博士の「知の教室」: 本当の知性とは難しいことをわかりやすく説明することです!

 

対談形式でカンタンに読める。

カンタンだけれど、中身はあまりにも濃い。

きっと、この先何年経って読み返してもおもしろいんだろうなぁと思う。

 

以下、引用と感想。

 

 

 

 

博士、四次元ってなんですか?

それは待ち合わせだよ(笑)

 

 こんなわかりやすく説明できひんやん普通。

 

 

 

釈迦が瞑想していたのは悟るまでの間。

悟ったあとは瞑想なんて基本的にはしていない。

夏の間、雨季があったからやっていただけ(笑)

 

この理由好き。

この軽さにホンモノの香りを感じるんだよなぁ。

 

 

 

自分がちゃんと縁起をわかってすくっと立ち上がって社会に機能を果たすんであれば、瞑想時間そのものがムダ。

 

スマナサーラ師なら

「戦争したり自殺したりロクなことをしないんだから、だったら瞑想してください」

とか、言いそう 笑

 

どちらにせよ、仏教は、特定の概念に絶対的な価値を認めることはしない。

だから(瞑想を勧めつつ)「別に瞑想自体に価値があるわけじゃねーけど」って言う。

カルトと本当の教えの見分け方、わかりますよね?

何かに絶対的な価値を認める教えは全て怪しい。

 

 

 

それで洗脳されちゃうの。

一番簡単な対処法は「忘れる」になる。

その次は、クリティカルにものを見る。

 

 「洗脳」されないためにはどうすればいいのか、というくだり。

「忘れる」にしろ「批判的に見る」にしろ、

一言で言えば「ゼロベースで考える」という態度だ。

私の言葉でいうと

お城での生活に飽きてこっそり庶民に変装して城下町に降りていったおてんば娘のように

あるいは

天界での代わり映えのない職務に嫌気が差して、庶民に受肉して下界に降り立った神のように

私情のまったくない、好奇心をベースにした、客観的な観察。

これをするということだ。

伝わっているだろうか?

シンプルに旅人のようにと言っても良い 笑

 

それが批判的(クリティカル)に見るということだ。

勘違いしている人が多いと思うが、「批判的」とは「悪く言う」という意味ではない。

鵜呑みにせずに「なぜ?」と問うていくということだ。

 

 

 

 

人生のゴールは最低でも8つは必要

 

これ、意外とハッとしないだろうか。

夢や目標は何か、一つに絞らないといけないような気がしていないだろうか。

そんなことはないのだ。

最低8つ、しかも、バランスが重要という。

この感覚好き。

 

 

 

 

法律の世界はファクトベースであり、立法の世界は多数決ベースで、良いか、悪いかなんてどうでもいいんだよ

 

あるのはそれぞれの世界におけるルールだけ。

全てを貫く正義のようなものは存在しない。

 

後編につづく