『Nature Communications』に、細胞内カルシウムの恒常性を立て直すことで、早老症マウスだけでなく自然老化マウスの健康寿命と寿命まで改善した研究が掲載された。
カルシウムというと、骨を作る栄養素という印象が強い。
だが細胞にとってのカルシウムイオンは、筋収縮、神経伝達、分泌、遺伝子発現などを動かす信号でもある。
重要なのは、たくさんあることではない。
必要な瞬間だけ増え、仕事が終わったらすぐ減ることである。
老化細胞ではカルシウムが居残っていた
研究者が早老症患者由来の細胞を調べると、細胞質のカルシウム濃度が高くなっていた。
一方で、カルシウムの貯蔵庫である小胞体では濃度が低下していた。
つまり身体全体のカルシウムが増えたというより、小胞体から細胞質へ流れ出し、元の場所へ戻りきらなくなっていたらしい。
そこで増えていたのが、カルシウム結合タンパク質のS100A6だった。
流れを簡略化すると、
細胞質Ca²⁺の上昇
→ S100A6が細胞質に蓄積
→ CacyBPを介してPARP1が分解
→ DNA修復能力が低下
→ DNA損傷と細胞老化が進む
となる。
PARP1が減ると、傷んだDNAの断片が細胞質へ漏れ出す。それを細胞が異物DNAのように認識し、cGAS–STING経路を通じて炎症性物質を放出する。
カルシウム信号の乱れが、DNA修復不全と慢性炎症までつながっていたわけだ。
古い抗うつ薬がカルシウムの蛇口を絞った
研究で使われたのは、四環系抗うつ薬のミアンセリンだった。
ミアンセリンはセロトニン受容体HTR2B、HTR2Cを遮断し、小胞体のIP3受容体から細胞質へ放出されるカルシウムを減らす。
カルシウムを細胞外へ捨てる薬というより、小胞体から出てくる蛇口を絞る薬に近い。
その結果、細胞質Ca²⁺とS100A6が減り、PARP1が回復し、DNA損傷や老化関連の炎症性物質も減少した。
自然老化マウスでは、体重減少や運動能力が改善し、中央生存期間は823日から967日へ延長した。
もちろん、これを根拠に人間がミアンセリンを飲めば長生きするとは言えない。眠気などを含む多くの薬理作用があり、高用量では不利益も見られている。
面白いのは薬そのものより、
老化した細胞では、カルシウム信号を止める能力が落ちている
という見方だと思う。
カルシウムは減らせばいいわけではない
ここで混同したくなるのが、食事やサプリで摂るカルシウムとの関係である。
今回問題になったのは、身体全体のカルシウム量ではなく、細胞質内の局所的な濃度だ。
食事からカルシウムが不足しても、血中濃度は骨から動員することで維持される。そのため摂取不足は、むしろ骨の貯蔵を削る方向に働く。
したがって、
細胞質Ca²⁺が高いのは悪い
→ カルシウムを摂らない方がいい
とはならない。
骨には十分に置いておきたい。しかし細胞質には居座らせたくない。
カルシウムは量だけでなく、置き場所の問題でもある。
ATP2B1という排水ポンプ
この話から個人的に思い出したのが、ATP2B1という遺伝子だった。
ATP2B1はPMCA1というポンプを作り、ATPを使って細胞質のカルシウムを細胞外へ排出する。
ミアンセリンが小胞体側の蛇口を絞るなら、ATP2B1は細胞膜にある排水ポンプである。
自分は、この働きが比較的強い方向を示唆する遺伝子型を持っている。ただし、一般的な遺伝子多型から全身のポンプ活性や老化耐性まで断定することはできない。
それでも、
カルシウムを素早く細胞質から除く能力
が今回の老化経路に対して保護的に働く可能性は、方向としては美しい連想である。
マグネシウムは信号を終わらせる側にいる
もう一つ連想するのがマグネシウムである。
カルシウムを小胞体へ戻すSERCAや、細胞外へ出すPMCAはATPを使う。細胞内でATPは主にマグネシウムと結合したMg-ATPとして働く。
マグネシウムはさらに、カルシウムチャネルや放出機構の調節にも関わる。
だからマグネシウムは、カルシウムと単純に反対の物質なのではない。
カルシウム信号を必要な時間だけ出し、時間どおりに終える仕組みを支える。
ただし今回の研究では、マグネシウム摂取によってS100A6経路や寿命が改善するかは調べられていない。
「この論文を読んだからマグネシウムを大量に摂ろう」という話ではなく、少なくとも不足させない理由が一つ増えた、くらいに考えておきたい。
カルシウムは悪者ではない。
信号が立ち上がらなければ、筋肉も神経も動かない。
問題は上がることではなく、下がらなくなることだった。
若さとは、強い信号を出せることではない。
出した信号を、きちんと終わらせられることなのかもしれない。